●読者をバカにした本


 「読者をバカにした本」。二度ほど、この言葉を出版関係者から聞いたことがあります。一つは、「分かりきったことをとうとうと述べている初心者向けの本」を意味したもので、市販されているキリスト教解説書のレベルの低さを嘆いた声でした。
もう一つは、「読み手のレベルを考えず、やたらと専門用語を並べ立てた本」を指したもので、これは信徒たちの思いを代弁していたように思えました。

 どちらも具体的な書名は挙げられませんでしたが、こういった相反する声をどのように受け止めたらいいのかと考えさせられました。弊社の出版物の中にも難しいと言われるものが少なくありませんし、同時に、日頃から誰にでも理解できるようなやさしい入門書を出版したいと考えているからです。おそらく、読者対象がはっきりしていない出版物に対しての読み手側の不満が「読者をバカにした本」と表現されたのでしょう。たしかに、タイトルの印象と書かれている内容がマッチしていない本は少なからずあります。

 出版という手段を介してキリスト教を紹介していくためには、当然、初心者向けの入門書も、専門家向けの学術書もなければならないと思っています。弊社でも読者のニーズを考え、出版物のレベルを意識的に上級、中級、初級と三段階に分け、それぞれの層に適した内容の書籍を出していきたいと考えています。
 どのような書籍が求められているのか、読者の方々の声をお寄せいただければ幸いです。


●読者をバカにした本?A


 前に述べた「分かりきったことをとうとうと述べている初心者向けの本」が本当に読者をバカにしているのかといえば、そうでもありません。パソコンの本でも「わかる○○」とか「できる□□」とかいう本には、それこそキーボードの叩き方までイラストで解説されていますが、読者は、わかりきったことまで書かれているのを見て、「配慮が行き届いている」「わかりやすい」という印象を受けて、その本を購入するのではないでしょうか。一般に流布している入門書の類は、ちょっと調べればわかることまで書いてくれています。それは読み手の時間の節約にもなり、そこに価値を見いだすのでしょう。

 考えてみれば、現代人は忙しく時間がありません。本気で自分の本業に取り組もうと思ったら、仕事に関連するさまざまなことを学ばなければならないわけで、そのための時間はいくらあっても足りないはずです。

 忙しい日々の中で、わずかな余暇になにか新しい分野を学んでみようと思って入門書を買うとき、やはり過保護すぎるくらいの説明があるほうがうれしいですし、「調べればわかる」なんていう悠長なノリは遠慮したいと感じるのも無理もないことです。だから「3時間でわかる」などというフレーズが好まれるのだと思います。 

キリスト教書にも同じことが言えると思うのです。『だれにでもわかるキリスト教』が必要なのではないか、と。しかし、ここで出てくるのは書き手の問題です。市販されている『○時間でわかる聖書』とか『△週間でわかるキリスト教』といった類の本を読むと、どこかおかしい。微妙にズレている感じがします。日本文化が外国でおかしな形で紹介される時のような違和感を感じたことも一度や二度ではありません。例えば、創世記の神を「創造霊」という概念で説明するのは正しいのでしょうか? 執筆者も専門家ではなくライターが多いですし、聖書を説明する本を書こうとする人が参考文献に『旧約聖書物語』を挙げているのもどうかと思います。(幸い、最近は信頼できる著者も出てきました)
 神学研究者の司祭にうかがったことですが、やさしい本や中間層へ向けた本をいきなり書くよりも、始めにしっかりしたものを書き、それをやさしく書き換えていく方がやりやすいということです。そうなると、専門家に初心者向けの本を量産していただくというのは、先生方の多忙さから見ても難しいように思います。

 書き手となる神学の専門家が増えていけばいいのですが、そのためには教会が盛り上がりを見せ、質的に向上し、書き手を生み出す土壌を作ることが必要でしょう。求道者や信徒の数も増えなければならないと思います。そのためには効果的に福音が宣べ伝えられなければならず、そのためのツールとしてわかりやすい書籍が求められます。堂々巡りの感じですけれども、この循環から飛躍するためには、信仰的に言えば聖霊の働きを願うだけですが、信徒の意識改革、レベルアップにかかっているのかもしれません。(N)


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