『こころの巡礼 歳時記を歩む』書評


書評 

 こころの旅路、とでも呼びたくなるほど。すごく日常生活にフィットしている随想。なんだか、時の流れが、ゆっくりとゆっくりと移ろっていくようで、だんだん晴れやかになる。四季折々の水の流れが十字架を映し出すさまを描いた、こころにしみいる装丁は、名匠・菊地信義氏。

 山岡先生がつむぎ出す言葉は、ほんのりとあったかく、読者を安心させる。日本人でいい。背伸びすることも、無理することもない。そのままで、立派なキリスト者なのだから。まるで、親から「おまえのままでいいんだよ」と、抱きとめられているようなぬくもりが宿っている。吹き渡る草原の風のように、颯爽とした励ましのメッセージの数々が心の奥をかすかにくすぐっていく。なんと心地よいのだろう。こんなにも生きることがうれしく、よろこばしく思えるのは何故なのだろう。きっと山岡先生が、イエス・キリストを大事に想って生きているからなのかもしれない。その想いが、読者の心にも、ダイレクトに伝わってくるのだろう。

 山岡先生は巡礼の日々を大切にすごされているイエズス会司祭であり、上智大学副学長である。神道的なそぼくな祈りの雰囲気が満ちた家庭から神のことばを求めてプロテスタント教会へ、そこから禅寺での身体を重んじる修行の生活へ、さらにそこから家族的な関わりの祈りを重んじるローマ・カトリック教会へ…。その後、イエズス会の修養の日々を積み上げ、日本からローマを経てフランスやイギリスへ、さらにはアメリカやアラスカやインドや中国へ…。あらゆる人々の心のあったかさを着実に受けとめながら、わけへだてのない寛容なこころで歩みつづけておられる。その生き方そのものが、かけがえのない求道の営み。

 家庭・祈り・出会い。――それらが深い宗教体験の出発点になる。山岡先生のシンプルで鋭い洞察は、自らの体験からにじみでたものである。それゆえ説得力がある。どんな立場の人にとっても。この本は、近年まれにみる、こころのバランス栄養飲料。もしくは清涼飲料。老若男女ひとり一冊、台所の引き出しや通勤かばんにしのばせて、疲れたときにパラパラと、ひもといてみよう。きっと、「よし、今日もまた、がんばるぞ」という気力が満ちてくるにちがいない。かく言う評者も、この本を読むことで、イエスさまのおだやかなまなざしを、ふっと感じて、思わず、ほほえんでしまった次第である。うれしいなあ。

阿部 仲麻呂(サレジオ会司祭、日本カトリック神学会評議員)記


日本文化とキリスト教の邂逅
 
日本人でありつつキリスト教信仰を生きるとは――。月刊誌『福音宣教』に連載された「歳時記と歩む」を中心に、日本人とキリスト教、福音の文化内開花(インカルチュレーション)などをテーマにしたエッセイ、論考、聖句随想を収録。イエズス会司祭、上智大学副学長である著者山岡師の豊かな人間性に触れながら、彼をとおして語られるイエスの愛を知る心の旅。
『カトリック生活』2006年3月号「新刊案内」


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