| 『みことばを生きる』 書評 |
主日の福音を黙想する際に役に立つ信仰の手引書
上智大学で神学を教えながらも、教会でも司牧に携わっている岩島師による最新の『説教集』。「イエスの福音」と「私たちの生活」を「豊かな想像力」を駆使しながら深く結びつける「暖かい語りかけ」。珠玉の名説教を味わっていくうちに、すなおな気持ちで自分の内面を見つめ直し、慈しみに満ちたイエス・キリストと出会い、日常の信仰生活を深めることができる。主日の福音を黙想する際にも役に立つ信仰の手引書。岩島師の穏やかな言葉はイエスの想いを読者の心の奥に呼び覚ましてくれる。
(『カトリック生活』2004年2月号、編集部)
「イエスの福音」と「私たちの生活」を深く結びつける導きの書
気さくに心を開いて共に歩んでくれる、不思議な魅力。人をホッと安心させてくれる、岩島忠彦師のひとがらがにじみでている『説教集』である。読むと、ほほえましい文章もある。フッと力が抜けていく。言葉が心の奥にまでおのずと、しみこんでくる。やはり名説教なのだ!
私事であるが、十年ほど前から御世話になっている。身近で岩島先生を見ていて、つくづく感じることがある。先生は、学問研究者としても、教授としても、司牧者としても、優れている。まるで智徳兼備のギリシア教父のようだ。イエス・キリストの「慈しみ」を心をこめて人々に伝える、その生き方は、まさしく本書の表題にも如実に集約されている。――「みことば」を「生きる」。
研ぎ澄まされた「真摯な神学研究」と着実な「信仰の実感」と「人びととの温かな関わり」が見事に調和して美しいメロディが紡ぎ出される。
「想像力豊か」な聖書の読み解き。福音書の登場人物の立場に身を置きながら黙想を深めるイグナチオの『霊操』の手法が活かされているのだろう。そして、常に信徒との心のこもった関わりを大事にしている司牧者としての姿勢が相手の窮状にリンクしながら「イエスと民衆との出会い」に重なるのだろう。――「あの閉ざされた片田舎で福音を説いたイエス・キリストが、なぜ私たちの主であり続けるのでしょうか。私たちもまた、息せき切って彼を追いかけていった群衆のように、弱さと無力さに苦しみ、愛のなさに捨て置かれているからではないでしょうか。」(118頁)。
表紙のフラ・アンジェリコによる十字架像は、清楚で穏やかなイメージで日本人の心にしみいるようなイエスの「福音」を連想させる。手に取って読もう!「イエスの福音」と「私たちの生活」を深く結びつける導きの書が読者の信仰理解をよりいっそう確かなものとしてくれるはずである。(サレジオ会司祭 阿部 仲麻呂)
(『福音宣教』2004年2月号)