| キリスト教を学ぶために役立つ書籍 | |
「編集後記」でも触れましたが、一般の書店にはキリスト教書の数が少なく、あってもたまたま新刊として入荷されたものや、ライターが書いた早わかり式のものしか置いていないことも少なくありません。
そこで、これからキリスト教や聖書を学ぼうとされる方のために簡単なリストを作ってみました。もちろん、選択には個人的な偏り・限界はありますし、ご紹介した以外にも優れた書物が多数出版されているわけですが、あくまでも参考までに挙げてみました。
(なお、信仰内容を黙想する本、説教集、専門的な書籍などはここでは扱いませんでした。また、定価は変更されているものもあると思われますし、消費税の扱いも統一していません)
◇教義編
『カトリック要理』(サンパウロ、文庫判、223頁、500円、品切)
教理や信仰生活について、カトリック信徒にとって不可欠な知識を問答形式でまとめたもの。以前は『公教要理』と呼ばれていましたが、第二バチカン公会議(1962〜65年)以後、全面改訂されました。
内容は三部構成で、第一部は「教理」、第二部は「倫理・道徳」、第三部は「秘跡と祈り」について、それぞれ扱います。コンパクトにまとめられていますが、解説が少ないので独習には向かないことが弱点です。以前は、教会学校や入門講座の教材として用いられていましたが、最近は、教会によって入門講座の内容が異なる傾向になるので、あまり用いられなくなりました。新しいカテキズム(後に紹介)ができてからは絶版になってしまったようですので、まだ書店に残っていたら入手することをお薦めします(資料としても貴重)。
倫理神学の面では保守的だと批判されることもありますが、カトリック教会の公式の考え全般が簡潔に紹介されています。
『カトリック入門』(サンパウロ、新書判、213頁、500円)
上記の『カトリック要理』を聖書的にさらに刷新させようとして作られたようです。しかし、堅苦しい文体や見にくいレイアウトのためか、あまり人気がなかったようです。『要理』の第二部に該当する部分がほとんど扱われていないことも、不十分さが感じられます。
イエス・キリストを中心にした解説方法は、公会議以後の特徴で新しさを感じさせてくれます。独習には適していなく、勉強会のテキスト的なもの。
P・ネメシェギ〈キリスト教信仰案内講座1〜6〉『愛といのち』『愛と恵み』『愛と平和』『神の言葉と秘跡』『愛とゆるし』『愛と永遠』全6冊(聖母の騎士社、文庫判、200〜220頁程度、各525円)
長年、上智大学で神学を講じてきたイエズス会のP・ネメシェギ神父が、聖イグナチオ教会で行った「キリスト教信仰案内講座」をまとめたもの。大変わかりやすく、独習にも適しています。名講座として人気が高かった講義内容(一年分)を6巻にまとめたものなので、全巻を読むことをお勧めしたいです。穏健な立場の教理解説書。
石橋理『永遠の常識』(聖母の騎士社、文庫判、324頁、525円)
キリスト教に対するさまざまな疑問について答えたもの。人間、神、キリスト、教会の四部に分かれています。求道者に媚びたようなQ&A集ではないですし、反対に自己の殻に閉じこもってしまったような護教書でもありません。著者の真剣かつ魅力ある文章に多くの人が惹きつけられるに違いないと思います。
第二バチカン公会議中に書かれたものなので公会議の刷新を経ていませんが、今でも価値は失われていません。ユダヤ人問題についての見解はもはや受け入れられないかも知れませんが、隠れた名著のひとつ。
S・フィナテリ『キリスト教の常識』(聖母の騎士社、文庫判、312頁、630円)
以前、講談社(オレンジパックス)から発行され、その後絶版でしたが聖母の騎士社から再発行となりました。フランシスコ会の聖書学者が書いたキリスト教入門書。イタリア人神父が日本人に向かって語りかけた内容で、西洋のキリスト教的なものの考え方が伝わってきます。
「人間は理性をもった動物である」「竜安寺の庭園と宇宙観」「なぜ人間は自殺してはいけないのか」など、構成も独特で読み応えあり。
ただし、復活した体についての説明は、従来の教えと異なる印象を受けてしまうような部分がありました(講談社版では、21〜22頁と77頁)。こちらの勘違いかもしれませんが。
百瀬文晃『キリスト教に問う65のQ&A』(女子パウロ会、B6判、192頁、1000円)
雑誌「あけぼの」に連載された記事が元になっています。タイトル通り、キリスト教に関する質問と解答が収録されています。キリスト教に初めて接する日本人向けに編集されているので大変読みやすくしかも実用的です。
景山あき子ほか『カトリックの信仰生活がわかる本』(女子パウロ会、B6判、246頁、1400円)
祈りや秘跡などの教えの基本部分の説明もなされますが、それだけではなく、冠婚葬祭や教会活動について、あるいは信徒・修道者・司祭の生き方について紹介されています。未信者の人にも、受洗後間もない人にも役に立つ本です。信仰エッセイやミニ日本教会史なども収録されていて、盛り沢山の内容。
百瀬文晃『キリストを知るために』(サンパウロ、B6判、273頁、1250円)
イエズス会士・百瀬文晃神父によるカトリック要理講座をまとめたもの。二分冊の第一部。著者自身が言うように「最初から最後まで、イエス・キリストを中心として、そこからカトリック教会の教えを解説」していること、「直接に新約聖書をテキストにして読んでいくこと、そして教会の教えをも新約聖書から解説すること」が特徴。十年以上も版を重ねているロングセラーのひとつ。
しかし、本書は日本カトリック教会史上、かつてなかったほど議論の対象になった本で、ある地方では禁書のような評価を受けたそうです。その理由は、「百瀬師は、聖書に書かれている奇跡を信じておらず、何でも合理的に説明しようという近代主義の考え方に浸っている」というものでした。本書の内容を批判した文書も東京教区を中心に配布され、その内容の一部がカトリック新聞の「声」欄に掲載されました。本書のサブタイトルに「カトリック要理解説」とあったので、昔ながらの解説が期待されてしまったからかもしれません。
とくに悪魔などの超自然的な存在についての理解や奇跡物語の解釈の仕方が、現代の聖書学に親しんでいない多くの信徒にとってつまずきであったようです。これは感性の問題だと思うのですが、聖書が報告する奇跡や霊的な現象のすべてがそのまま文字通りに起こったと信じている人にとっては、期待はずれの説明だったようです。
しかし、教会が、奇跡物語の解釈に逐一公式見解をつけているわけではないことや、解説そのものが信仰箇条ではないことを考えると、百瀬師の見解が許容される余地もあるはずでは……と思います。
さらに言えば、百瀬師は奇跡そのものを否定しているわけではありません。たとえば、「(奇跡物語の)描写の背後には、確かに歴史的な事実があったのでしょう。イエズスが実際にそのような普通の常識では考えられないような、超人的なわざを行ったということは、さまざまな文献の研究から言っても、否定することがほとんど不可能な事実です」(111頁)、「私はイエズスが、ただのひと言で目の見えない人を見えるようにしたということ自体を決して疑いません」(111〜112頁)と、はっきり書いています。
百瀬師が言いたかったことは、奇跡的な出来事のみをあまりにも強調しすぎて、福音の真理、聖書が本当に伝えたいメッセージの本質を見失ってしまうことの危険性でした。「奇跡を神への信仰を助けるものとしてわきまえているならよいのですが、いつのまにか奇跡そのものへの信仰に取って代わってしまうことがあるからです」(116頁)。
“聖書学の成果を信仰講座でどのように語るのか”ということは、現代の教職者にとって大きな課題です。百瀬師の著作はそれに正面から挑戦したものであり、人によっては部分的に一見伝統的な信仰理解と異なると感じられる点があるかもしれませんが、ひとつの新しい試みとして読むに値する一冊と言えるでしょう。また、同師は聖書の奇跡物語を解説するにあたり、その神学的意味を明らかにしていますが、この点があまり評価されていないのは残念。最も聖書学の成果を取り入れた解説書です。
百瀬文晃『キリストとその教会』(サンパウロ、B6判、392頁、1800円)
上記『キリストを知るために』の続編。「二千年にわたる伝統の中でカトリック教会がしだいに築いてきた制度や、教義や、典礼や、習慣など……を、できるだけわかりやすく、私たちの毎日の生活にかかわりのあるものとして解説」したもの。議論のあった前書より好意的に評価されました。雑談なども多く、著者の息づかいが感じられて読みやすく、プロテスタント諸教派との違いについても多く言及しているのが特徴です。
百瀬文晃『キリストの原点−キリスト教概説T−』(教友社、A5判、240頁、1900円)
上智大学の一般教養「キリスト教概説T」の講義内容を単行本したもの。「キリスト教の原点」であるイエスの教え、生きざま、死と復活を学問的な水準を維持しながらていねいに解説します。図版や写真も多く、「聖書の読み方や、教養として知っておくべき歴史の知識など、もっとも基本的な事柄をあわせて取り扱」(あとがき)っているのでテキストとしても最適。複数の大学で用いられているだけでなく、社会人の勉強会などでも使われています。しっかりと手堅く学びたい人向き。詳細は、教友社HP「書籍案内」でどうぞ。
百瀬文晃『キリストの本質と展開−キリスト教概説U−』(教友社、A5判、272頁、2200円)
上智大学の一般教養「キリスト教概説U」の講義内容を単行本したもの。イエスの昇天、聖霊降臨からパウロの宣教に始まり、キリスト教史を神学的に整理しながら概観します。また、キリスト教信仰の核となる秘跡や信仰生活についても解説しています。
ほかにも、キリスト教の慣習や美術、建築などについても写真(約80枚)で紹介されており、盛り沢山な読みやすい内容です。前編の『原点』同様、大学や教会の勉強会のテキストとして使われています。キリスト教の常識的な知識を得るためには最適の本。詳細は、教友社HP「書籍案内」で。
岩島忠彦『いのちへの招き』(海竜社、B6判、269頁、1600円、品切)
元・上智大神学部長で、イエズス会士の岩島忠彦神父のエッセイ集。キリスト教入門という体裁はとっておらず、人生をいかに生きるべきかという問いに答えたもの。結婚、挫折、病、老齢、死などについて語っています。しかし、単なる人生論ではなく、これらの人生の根本問題が、キリスト教的な愛、信仰、罪、神と結びつけられて説明されます。キリスト教を血の通わない教理体系のように誤解している人に勧めたい一冊です。
岩島忠彦『イエスとその福音』(教友社、A5判、462頁、2300円)
上智大学で「キリスト論」を講じる著者が東京・四谷のイグナチオ教会で行った「キリスト教信仰講座」の「イエス・キリスト」に関わる部分を一冊にしたもの。1回約90分の講話の13回分を収録。じっくりと読ませてくれます。信徒向けの講座ですが内容はかなり高度です。しかしながら、講座のテープ起こしが元になっているので、文体は話し言葉で臨場感にあふれ、読みやすくなっています。岩島師は司教団公認カテキズム『カトリック教会の教え』の教義部分を執筆されていますが、イエス・キリストに関しての解説は本書のほうが数段詳しくなっています。本書をじっくりと読めば、新約聖書のキリスト像について、相当な知識を得ることができるはずです。
岩島師ならではのイエス像が聖書学の成果を活かしながら語られますが、単に知識を増やすだけではなく、読者を黙想に導いてくれるところに本書の魅力があります。
インターネット放送FEBCでもほぼ同様の内容の番組がオンエアーされています(2005年以降)。お勧めの一冊です。詳細は、教友社HPで。
徳善義和・百瀬文晃『カトリックとプロテスタント』(教文館、B6判、221頁、1200円)
イエズス会の百瀬文晃神父と日本福音ルーテル教会の徳善義和牧師が中心となって編集・執筆された、キリスト教の教派の違いについての入門書。教派の違いについては、偏向した立場の本から誤解を仕入れてしまう前に、こうした批判に耐えうる本から学びたいところです。
これまで同じタイトルの本が双方の陣営から出版されたことがありますが、カトリックとプロテスタントとの共同執筆は初めて。単に執筆を分担したということではなく、一言一句双方でチェックしたといいます。
さらに、本書の場合、両者の違いよりもどこが同じなのかについても多く論じられており、その点、これまでの同種の本とは大きく異なっています。その意味でキリスト教入門書としても性格を兼ね備えていると言えるでしょう。
カトリックとプロテスタントの違いを論じるのなら、本書は必読書だと思います。これを土台にさらに対話が進められればと思います。
小高毅『よくわかるカトリック』(教文館、B6判、286ページ、1800円)
プロテスタントの出版社から出されたカトリックの入門書。著者はフランシスコ会司祭であり教父研究で有名な小高師。プロテスタントには見られないカトリック信仰の特徴が詳しく紹介されています。反対に、プロテスタントと本質的に同じである信仰内容に関しては(例えば、キリスト論や三位一体論など)それほど詳しく扱っていません。しかし、教義の歴史的背景などに多くの文面がさかれていてわかりやすく、また、個人的な体験も織り交ぜられているので大変読みやすい一冊です。
沢田和夫『(生き生きとした実践的)信仰を育てる』(オリエンス宗教研究所、B6判、218ページ、1000円)
東京教区司祭の哲学者・沢田神父の東京大司教区修道女連盟の研修会での講話集。おもに秘跡を中心に信仰とは何かを解説します。タイトル通り、生き生きとした信仰を育てるためにはどのように教理を教えたらいいのかに焦点が当てられており、教理理解が頭でっかちにならないように“信仰の心”をもって受け取る大切さが教えられます。語りかけるような文章にも味わいがあります。薄い本ながら、他の本ではなかなか読めない内容に満ちている名著です。1990年発行。改訂版が計画されているようです。価格も変更されると思います。
南山大学監修『第2バチカン公会議公文書全集』(サンパウロ、A5判、437頁、1800円)
第二バチカン公会議(1962〜65年)の公文書集。これによって現代のカトリック教会の考え方、方向性を知ることができます。私見や仮説ではない教会の公式見解が記されています。「典礼憲章」「教会憲章」「現代世界憲章」「神の啓示に関する教義憲章」「エキュメニズムに関する教令」などは重要。一家に一冊と言っていいほどの基本文献のひとつ。
岩下壮一『カトリックの信仰』(講談社学術文庫、966頁、2000円、品切)
戦前、戦中、戦後を通じて、もっともカトリック教会に影響を与えた名著。その意味では今でもこれを超える要理解説書は日本のカトリック教会には存在しないのではないかと思います。
岩下神父は1889年(明治後期)生まれの、主に昭和初期に活躍した日本カトリック教会を代表する神学者、哲学者。1940年に51歳の若さで没。
カトリックは、当時はまだ田舎臭い宗教だと思われていましたが、岩下神父は文筆、講演活動を通じて「カトリシズムをして日本の思想界に市民権を得させる」ために尽力されました。ハンセン病の病院経営などの社会的活動でも知られています。
本書は、教師から直接にカトリックの教えを学べない人を対象に、雑誌『カトリック』に連載された公教要理解説が元になっています。後に、師自身が経営していたカトリック研究社から一冊にまとめて出版されました(1930年)。その後しばらく絶版となっていたのですが、1949年にソフィア書院から再版され、さらに『神学入門』(『岩下壮一全集』1〜3巻)と改題されて中央出版社(現・サンパウロ)から復刊されました(1962年)。それ以来30年以上品切れとなっていましたが、1994年、講談社がその価値を認め、学術文庫の一冊として出版しました(現在、品切で再版は未定とのこと)。講談社版は、引用部分に改行を入れるなどして従来の版より読みやすくなっています。
本書全編に流れているものは、岩下神父の真理に対する感覚、信仰感覚、教会感覚ではないでしょうか。その感覚を生かしながら、当時、日本最高の知性のひとりであった彼が、「その学識と鋭利な洞察力」(稲垣良典)をもってカトリックの教えを弁証、否、証言しています。 おそらく、岩下神父は、本書を含む師の神学的著作において、新説は述べておられないと思います。おそらくそういうことに関心がなかったのかもしれません。岩下神父は、使徒継承の信仰の正当性を理性的に表現し伝えたという意味で、召された使命を忠実に歩んだ使徒的神学者でした。その意味では、日本のカトリック教会において教父的な存在だったと言っても過言ではないと思います。
今回の再版にあたって、岩下神父の精神的な弟子である稲垣良典先生(九州大学名誉教授)が13頁に及ぶ解説を書いておられますが、本書の正確な紹介はそれにゆずることにします。第二バチカン公会議以前の本ですが、「不朽の名著」と呼ばれるにふさわしい一冊です。
J・ラッツィンガー『信仰について』(ドンボスコ社、B6判、263頁、1800円)
現・教皇ベネディクト16世が、「教皇庁教理省長官ヨゼフ・ラッツィンガー」時代に行ったインタビュー。原題は「信仰の現状報告」(1985年)。教理省とは、カトリック教会の信仰や教義に関する問題を扱うところ。そこには、全世界から重要な情報が多く寄せられ、教会全体の現状が把握されています。だからこそ、その役割の意味でも情報量の面でも、教会に忠実な多くの信徒から信頼されているわけです。
本書は1980年代後半、東京教区のある司祭が翻訳を完了し、カトリック系の某出版社から発売されるはずだったようです。しかし出版が頓挫してしまったため、一部の信徒の間では「幻の書」と言われていました。
本書でのラ師の主張は、第二バチカン公会議以後、教会の信仰とは異なった神学の流れが出始めたことへの警告のように思えます。しかし、教皇庁教理省長官という役職だったためか「異端審問官」とイメージが重ね合わされ、一部の神学者たちには人気がなかったようです。それはラッツィンガーの教皇就任の際に各紙に掲載されたレオナルド・ボフやH・キュンクらの大人げないコメントにも現れていました。
ある日本人神学者はローマ留学時代を振り返り語り、「ラッツィンガーが一流の神学者であることは確かだが、彼を取り囲む三流の神学者たちが問題なのだ」と言われていましたが、どちらにせよ、公会議後の教会における指導的立場の神学者であったことには間違いなく、現教皇でもある方なので、一読に値すると言えるでしょう。公会議以後の神学の流れの一端が読みとれますのでお勧めです。岡田大司教の推薦の言葉もあります。
ヨハネ・パウロ二世『希望の地平を超えて』(同朋舎、B6判、275頁、2000円。新潮社、文庫判、287頁、590円)
ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が信仰のさまざまなポイントについて書いたもの。翻訳は曽野綾子・三浦朱門両氏、日本語版監修はサレジオ会の聖書学者故石川康輔神父という超豪華な顔ぶれ。にもかかわらず、日本のカトリック教会ではそれほど話題に上らなかったようです。
内容は「神秘であり、つまずきの石でもある教皇」「イエスは神の子か」「なぜ、これほど多くの宗教があるのか」「ローマだけが正しいのか」「失われた一致を求めて」「どんな人の命をも守る」など、豊富で多岐に渡ります。一般謁見のときの教皇メッセージほど簡単なものではなく、ところどころに哲学者の教皇ならではの筆致が見られます。2000年末に文庫判が出版されました。
A・マクグラス『神学のよろこび――はじめての人のための「キリスト教神学」ガイド』(キリスト新聞社、A5判、310頁、2800円)
帯の一文に「現在世界で最も高い評価を受けている気鋭の神学者が物語る神学の基礎」とあるように、日本でもその主要な著作が訳出されているプロテスタント神学者の手による神学入門書。
「信仰」「神」「創造」「イエス」「救い」「三位一体」「教会」「天国」の八項目につき、その意味、歴史的展開がわかりやすく綴られます。基本用語、主立った人物の神学理解や、神学論争なども扱われており、とにかくわかりやすさの点では他に及ぶものはないのではないかと思います。序章としての「さあ、始めよう」という項目では神学の基本的性格を明らかにしてくれ、大変役立ちます。
カトリック信徒にとってはあまり馴染みのないプロテスタント神学者が多く紹介されていますが、概ねエキュメニカルな内容ですので、教派を超えて神学入門の基本文献となる一冊だと思います(例外的に、信心書の古典といわれる『キリストにならいて』への評価はプロテスタント的な感じがしました)。読みやすいのでお薦めです。
オランダ司教団『新カトリック教理−成人への信仰のメッセージ−』(エンデルレ書店、A5判、668頁、品切)
1966年に出版された俗に「オランダ・カテキズム」と呼ばれる本書は、それまでの伝統的な問答形式による教理説明ではなく、説明文そのものに重点が置かれた新しいタイプのものでした。構成も公会議の精神が生かされているように思えます。わずかですが、教会史についても触れられているのも特徴です(25ページ分)。
しかし、内容の一部に従来の教理と一致しない点があるのではないかという疑義がもたれ、賛否両論がカトリック教会を駆けめぐりました。聖書学に関心のある層には歓迎され、そうでない人々には不評でした。聖書学的なアプローチについて充分に説明を受けていない信徒にとっては、確かに「?」という部分があるように思います。たとえば「マリアは、誰を生んだのかを十分理解していたのだろうか。否、おそらくイエスの復活によって初めて、誰であったか、はっきりわかりはじめたのである」(P96)とありますが、これは福音書が伝えるままの記事からはそのまま導き出せないだけでなく、ルカ福音書に描かれているマリア像とはかなり印象が異なります。
これはおそらく、本書の執筆者が“ルカやマタイの降誕物語は、史的事実というよりもむしろ旧約聖書の文学類型を用いて書かれたもの”という聖書学的前提に立って、この部分を書いたからだと思われます。だから「史的マリア」(聖書に描かれたマリアではなく、歴史上のマリア)は、天使ガブリエルから幼子が「神の子」だと知らされたのではなく、「イエスの復活によって初めて、誰であったか、はっきりわかりはじめたのである」となるわけです。もしかしたら聖母マリアの「神の子」理解に進展があったということを言いたいのかもしれませんが、こういう点をどう評価するかで意見が分かれたのだと思います。
ローマ教皇庁は同書の影響を考慮し、問題箇所を枢機卿特別委員会によって検討し、その部分に訂正が施されることになりました。この訂正は、約70ページに及ぶもので「付録」として掲載されています。この部分は無機的であまり面白くありませんが、これをどう利用するかによって本書の価値も決まるといえるでしょう。
あえてこの本に対する疑問を挙げるとすれば、前述したように私たち一般信徒に対する配慮の点です。ヨーロッパとはいえ1966年の時点で平信徒にどれほど聖書学の情報が伝わっていたのでしょうか。聖書学の成果をまったく無視していいわけはないですが、聖書学がどのような手続きをふまえてそのような結論を出しているのかを教えないまま、その結果だけを「カテキズム」に組み込み、信徒に提供していいのでしょうか。時代の転換期であったからこそ、聖書学の方法論そのものを十分に解説するべきだったと思うのですが……。しかしながら、神学や聖書の知識をどのように実際のカテキズムの場で使うのかという点で、本書は良い研究材料になると思われます。
アメリカ司教団『キリストの教え−成人のためのカトリック要理−』(サンパウロ、A5判、758頁、品切)
教会の教えが何なのかを忠実に解説したタイプのカテキズム。北米の神学者たちによって1975年に作られました。読み物としては「オランダ・カテキズム」の方が面白かったですが、仮説ではなく伝統的な教えそのものを知りたい人にとっては、こちらの方が適していると思います。必要なことはほとんど書かれているので便利。しかし、ローマのカテキズムが発行されたので取って代わられるかも知れません。
日本カトリック司教協議会教理委員会訳『カトリック教会のカテキズム』(カトリック中央協議会、A5判、840頁、3600円)
本書は「トリエント公会議(1545〜63)のカテキズムから4世紀以上を経て全面的に見直されて新しく編纂された」(同書より)全教会的な教理解説書です。まず1992年に暫定版がフランス語で作られ、97年にラテン語規範版ができました。本書はその翻訳版です。
400年ぶりにローマから出た公式の普遍的教理解説書だということで信徒たちは喜び、大きなニュースになりましたが、一方で本書に対し「これまでのカテキズムの構成を踏襲している点に進歩がない」とか、「聖書引用に聖書学の成果が活かされていない」などの批判もありました。
好き嫌いはあるにせよ、カトリック教会の公式見解を知ることができる資料なので、その価値は言うまでもありません。著名なプロテスタント神学者A・マクグラスも「二十世紀の最も重要な神学的文献と目される一つであり、表現の明瞭さに対して高い評価を得たもの」と紹介しています。キリスト教に関心のある方ならばぜひ書棚に入れておきたい一冊です。価格もページ数にしては大変廉価です。
内容は、教義、秘跡、教会生活などのすべてのジャンルについて網羅的に紹介されています。各項目に充分な解説がほどこされているわけではありませんが、教会が何を教え、どういう立場をとっているのかが明瞭となります。信徒の場合、本書があれば信仰全般について調べることができるので「神父様に教えてもらっていない」などということも起こらないですみます。公文書だということもあり最も重要な基本文献といえるでしょう。
また、この『カテキズム』は、各国の司教団がその国の事情にあった教理解説書を作るための土台となるもので、すでに日本でも『カトリック教会の教え』(カトリック中央協議会)が出版されました。
日本カトリック中央協議会『カトリック教会の教え』(カトリック中央協議会、A5判、536頁、2500円)
上記の『カトリック教会のカテキズム』の趣旨に従って、日本独自で作成された教理解説書。構成は「キリスト者の信仰」「典礼と秘跡」「キリスト者の倫理」「キリスト者の祈り」の4部門に分かれています。論点を総花的に紹介するのではなく、日本の教会にとって重要と思われる部分の解説に重点が置かれています。『カトリック教会のカテキズム』に比べると書かれていないことも多いので、日本という宣教地を考えた入門書的な性格が強いと思われます。
教会が何を主張しているのかが知りたければローマの『カトリック教会のカテキズム』が、基本的な内容を詳しく知りたければ本書が必要となるように思います。確かに『カトリック教会のカテキズム』は、教義上の多くの側面に言及していますが、説明に力を入れているという感じではありません。付録として簡単な日本教会史がついています。
【ペトロ・ネメシェギ随想集】
長年、上智大学で神学を講じてきた著者のエッセイ集。P・ネメシェギ神父(イエズス会士)は、古代のキリスト教思想家・オリゲネスの研究者ですが教義学全般にわたって深い学識を備えておられ、祖国ハンガリーに帰国するまで長年にわたって『カトリック研究』の編集長を務められました。日本人神学者が育たなかった時代には、一人で何役もの教授職をこなされていたと聞きます。
ネメシェギ神父については誰もが、師が自然や音楽を愛する人であり、政治、文学、科学、芸術などについても現代人として高いレベルの教養を身につけていた人であると評しています。そこから色彩豊かなキリスト教が語られるとき、まさしく福音が現代的なものであることを実感できます。
以下に紹介するエッセイ集は、雑誌『声』(大阪教区、休刊)や『世紀』(現在廃刊)に連載された小論や講演の記録から成っています。これらの著作のすべてが質の高いキリスト教入門書であり、専門用語を使わない神学書であり、キリスト教的教養書であり、黙想書です。
読後さわやかな気分になる不思議なエッセイの数々はすべてが玉稿ですが、10ページ以上の分量のあるものを中心にタイトルのみを紹介しました(題名の後の丸カッコは、内容の説明)。
P・ネメシェギ『ひまわり』(南窓社、B6判、188ページ、1036円)
1971年に出版された第一作。「不在の神を探し求める」、「われは信ず、唯一の神、全能の父を」、「私の存在の意味を問う」、「人となる」、「キリストへ」、「権力と自由」、「現代キリスト者の五つのタイプ」、「キリストの再臨を待ち望む」、「キリスト者の生命観」など19論文を掲載。
P・ネメシェギ『イエスを仰ぐ』(南窓社、B6判、242頁、1339円)
1972年。「人間に語りかける神」、「イエスが説いた道」、「人の子即神の子」(マルコによるキリスト像)、「イエスはだれ」(ヨハネによるキリスト像)のほか、イエスの生き様のポイントをわかりやすく説明する論文が多数。
また、キリストとのつながりを説明した「キリスト者はだれか」では、「聖書の中には“神をほめたたえよ”という言葉がたびたび繰り返されていますが、それを不審に思う人がいるかもしれません。“なぜ神はそのように賛美を受けたがるのか”と。神は人から賛美を受けるとき、得をするわけではありません。神を賛美する私たちが得をするのです」と説明します。「イエスを仰ぐ」ことの「得」が読む者に伝わる本。
P・ネメシェギ『雪の花』(南窓社、B6判、241頁、1230円)
1975年。「自分を隠す神の現れ」、「聖霊と人間」、「祈りとは何か」、「うそからまことへ」、「体験と追体験」、「キリスト教信仰の普遍性と歴史性」、「組織と運動」、「対話」、「現代キリスト者の課題」など、16論文を掲載。「キリスト教信仰の普遍性と歴史性」を読むためだけでも購入する価値があると信じます。
P・ネメシェギ『たんぽぽ』(南窓社、B6判、228頁、1339円)
1976年の発行。「イエスとわれわれ」、「パウロの根本思想」、「洗礼の秘跡のシンボリズム」、「罪、和解、ゆるし」、「結婚と家庭」、「古代におけるキリスト教の伝播」、「福音宣教の現代的意義」、「愛の交わりである三位一体」、「終末を信じて生きる」など18論文を収録。
P・ネメシェギ『矢車草』(南窓社、B6判、225ページ、1339円)
1977年の出版。「母というもの」、「涙をぬぐい去る人」(悪の説明)、「信仰と御利益」、「神の言葉で生きる」、「神が今日、キリスト者に望んでいること」(キリスト教の本質と教会)、「私たちのうちに生きるキリスト」(秘跡)、「現代的霊性」、「福音化とは何か」など18論文を掲載。
P・ネメシェギ『蛍』(南窓社、B6判、216頁、1339円)
1979年。「共鳴箱の神秘」、「倫理の危機、倫理の未来」、「救いの歴史とは何か」、「キリスト者の神」(三位一体論)、「家庭と福音」、「福音宣教の観点から見た世界の状況」、「迫害下の教会の燃える信仰」、「ローマ教皇と貧しさ」、「第二バチカン公会議の意味」など16論文を収録。
P・ネメシェギ『ひばり』(南窓社、B6判、234頁、品切)
1983年。「ゆだねること」(キリスト教的霊性)、「人間、この悩める者」、「キリスト教信仰の本質的な内容」、「わたしを食べる者は、わたしによって生きる」(聖体)、「ことば」、「神、イエス、人間」(ヨハネ・パウロ2世の教え)、「人類に社会正義を」(パウロ6世の教え)、「日本の精神風土とキリスト教」など、17論文。
P・ネメシェギ『銀杏』(南窓社、B6判、195頁、1648円)
1986年。「いのち」、「キリストの救い」、「神の恵みとは」、「罪とゆるし」、「科学・倫理・宗教」、「愛の文明」、「日本のキリスト者の信仰」、「日本において信仰の道を歩む」、「人間になること」、「解放の神学」など12論文。文化論と宣教論を合わせて論じたものが多数あります。「解放の神学」は総合的に論じてあり、お勧めです。
P・ネメシェギ『虹』(南窓社、B6判、243頁、2000円)
1993年。このシリーズの最後の作品。ネメシェギ神父は70歳を機に、イエズス会総長の命を受けて祖国ハンガリーの教会再建のために帰国されました。
「幸せはどこに」、「他者との出会いによって自己の発見へ」、「キリストの新しさ」、「わたしたちの過越キリスト」(ミサ)、「祈りを学ぶ」、「苦しみと希望」、「聖人たち」、「天国とは」など16論文を掲載。
◇聖書編 −聖書に親しむために−
白鳥春彦『この一冊で聖書がわかる』(三笠書房、文庫判、262頁、495円)
著者の白鳥氏は、奥付によれば、ドイツのベルリン自由大学で哲学、宗教、文学を学び、帰国後、著述業に専念。最近は、仏教関係の著作も手がけておられるようです。
著者はキリスト者ではありませんが、とても上手く聖書を解説しています。ネタ本があるのかもしれませんが、こういう感じの本がもっと登場してほしいと思いました。
ただ疑問に感じたところもあります。イエスは「ユダヤ教の宗教者のように相手に改宗を強く迫ることもなかった。…どんな神を信じていようとも、その人の生き方に愛があればそれでいいのだとした」(100頁)とありますが、著者が根拠として引用する「善きサマリヤ人」(ルカ10:25〜37)の話からは「どんな神を信じていようとも」とまでは言えないのではないかと思います。その話に出てくるサマリヤ人とユダヤ人は同じ唯一の神(ヤハウェ)を信じていたのですから。むしろ、愛がなければ本当の神を信じていたとしても無意味になってしまう、ということではないかと思うのですが、どうでしょうか。
しかし、本書は文章も構成もわかりやすさの点でもお勧めです。値段も手頃なので、初めて聖書を読まれる方に向いています。
和田幹男『聖書Q&A』(女子パウロ会、B6判、184頁、1400円)
まさしくタイトル通りの内容の本。見開きの形の一問一答形式で、83の問いに簡潔に答えてくれます。まったくの初心者向けのもの。しかし、マニアックな問いもあるので面白い。もともと三分冊でしたが一冊にまとめられ、購入しやすくなりました。
奥村一郎『聖書深読法の生いたち』(オリエンス宗教研究所、B6判、136頁、1000円)
霊的な糧を得るためにはどのように聖書を読んだらいいのか、という疑問に多くのヒントを与えてくれるガイドブック。信仰生活を豊かにするような読み方、深読法の紹介。
専門の聖書学の本や注解書を繙かなくても聖書に親しむことができるように指南してくれます。
三浦綾子『新約聖書入門』、『旧約聖書入門』(光文社、文庫判、296、298頁、各530円)
クリスチャン作家の故三浦綾子さんの代表作。この本を介して洗礼を受けた人はかなりの数になるはず。三浦さんはプロテスタントの中でも信仰的に聖書を理解する立場をとり、本書にもその敬虔な信仰が現れていますが、こういう証し的な入門書は、信仰の相対化が叫ばれる今こそ価値があるといえるのではないでしょうか。著者のストレートな信仰に触れてみるのもいいかもしれません。同氏による信仰入門書『道ありき』などもプロテスタントを中心に多くのキリスト者に親しまれています。
S・フィナテリ『イエス・キリストの真実』(聖母の騎士社、文庫、320頁、525円)
先に集英社からA5判の上製本で発売された版が絶版になり、聖母文庫として復刊されました。一般読者向けにイエス・キリストについてわかりやすく紹介しています。かつて流行した「キリスト抹殺論」やイエス伝の歴史などについても扱っています。新約聖書のイエス像の概略をてっとりばやく知るためには適した本。しかし、同師の他の著作同様、復活した体について独自な解説をされているように思えるのは、こちらの勘違いなのでしょうか(238〜239頁)。しかしながら、お勧めの本です。
佐久間勤『四季おりおりの聖書』(女子パウロ会、B6判、230頁、1365円)
イエズス会の聖書学者・佐久間神父による聖書エッセイ集。バチカン放送の番組を書き下ろしたもの。聖書の思想の特徴やその豊かさを読みやすい文章で教えてくれます。タイトルのとおり、四季を感じることができるように全体を12カ月に分け、各月ごとに数編ずつ収録。内容は非常に深く、味わい深い一冊です。
木田献一他編『聖書の世界〈総解説〉』(自由国民社、A5判、316頁、2625円)
ロングセラーの一つ。巻頭記事や付録部分を新しくしながら版を重ねています。初版は1984年。2001年版が最新のよう。高校時代に使う『国語便覧』の聖書版とでも言えそうな内容。聖書緒論のダイジェスト版として役立つ一冊です。
手元にある98年改訂版では、まだ本文部分は活版印刷で、何度も刷られているためにあまりきれいではない箇所が出てきます。執筆者は著名な先生方ばかりですし内容も良いので、一読者としては本文をオフセットに組み直してほしいところです。
「聖書論争史」(出村彰)、「聖書翻訳小史」(土岐健治)、「外典・偽典ダイジェスト」、「旧約聖書正典の成立」(関谷定夫)、「新約聖書正典の成立」(川島貞雄)など読み応えのある記事も多数。
日本聖書協会『バイブルアトラス』(日本聖書協会、B5変形、64頁、1900円)
デンマーク聖書協会、ドイツ聖書協会が制作した定評ある聖書地図。カラー版。聖書地図には類書が多く、大型のものは数万円もしますが、本書は一番求めやすく使い勝手も良いです。
地勢地図、歴史地図、聖書歴史地図、エルサレムの地図などのテーマごとに分かれています。最新の情報とデータに基づいて制作されたとのこと(1999年)。人工衛星から撮った航空写真が本文中と付録に付いています。
R・E・ブラウン『聖書についての101の質問と答え』(女子パウロ会、B6判、253頁、1500円)
世界的なカトリック聖書学者、故ブラウン神父の聖書入門書。同師はプロテスタントの神学校でも教えていたことがあり、教派を超えた支持者がいます。
本書は、聖書の筋書きや基礎知識を説明するものではなく、現代の聖書学に関するきわどい質問を取り上げています。「質問と答え」とタイトルにありますが、アメリカのカトリック信徒向けに書かれているため、ある程度は聖書にふれたことのある人からの質問だという前提があります。ただ、面と向かってはなかなか専門家に質問できないような問いが次々と出されていくので、「こういう質問をしたかった」と思う人も多いかもしれません。
そんな質問に対しての同師の解答も、ていねいで親切かつ誠実。何よりも、聖書から言い得ることと言い得ないことをはっきりとさせているところが大きな魅力です。一例を挙げると、従来の教えでは天使は実在するものとして理解されていましたが、現在では多くの聖書学者が「それは文学的表現で実在するものではない」というところまで言い切ってしまう場合も少なくありません。
これに対しブラウンは、「(天使が)実在しないと証明する手だてはないのです。イエスと新約聖書の記者たちは、明確に実在すると考えました。それ以来、これは教会の見解となっています」(142頁)と書き、神学の問題と文献学的な聖書学との境界線が分かるように説明をしてくれます。
現代の教義学は、聖書学の一致した見解を無視しては展開できないため、聖書より教義学に関心のある人でも聖書学の問題は避けて通れません。その意味で、私たちが躓きやすい聖書学について、その在りようを学ばせてくれる本書は、手元に置くべき一冊と言っていいと思います。品切・絶版になってしまう前に購入することをお勧めしたい名著です。
また、カトリック信徒が悩ませられているファンダメンタリストからのカトリック批判についても真っ向から取り組んでおり、巻末に付録として掲載されています。これも貴重なデータと言えます。訳文も非常にわかりやすい、きれいな日本語です。
P・グルロ『聖書入門−その歴史・文学・思想−』(サンパウロ、A5判、620頁、品切)
原著はフランス語で書かれ、7カ国語に訳された聖書入門書の世界的ベストセラー。旧約・新約の全体を扱ったもの。著者は、パリ・カトリック大学神学部教授、同大東洋語学部アラム語主任。教皇庁聖書委員会顧問。
訳者のZ・イエール神父(聖スルピス会)は「本書は、すでに聖書についての一般的な知識を持ちながら、なお探究を深め、聖書中の特定の諸書の研究に必要な知識を得ようと願う人々を“とくに”その対象としている」(573頁)と書いています。そして、聖書全体の歴史、文学、思想についての総合的な見解を紹介しているだけでなく、これらの解説が「聖書が神のことばであるという観点からなされている」(同頁)とあり、その点でも非常に信頼できる一冊です。
実際に使ってみると、聖書知識のエッセンスがページのあちこちからしたたり落ちてくるような感じがするほど豊かな内容です。本書と同量の類書はいくつもありますが、それらに載っていないことがさらりと書いてあることもまれではありません。
表記が旧共同訳に準拠している点がやや不満ですが、それが関係なく思われるくらい役に立ちます。しかし大変残念ながら、現在は品切れ。おそらく再版されないと思いますので、古本屋で見つけたらゲットすることをお薦めしたいです。カトリックの立場に立った聖書(旧約・新約)の総合的な解説書は、日本では2006年時点でこの本だけという意味でも記念碑的作品。いつの日か新共同訳かフランシスコ会訳に準拠した改訂新版が出されることを望んでいます。
堀田雄康『聖書・楽読楽語』(聖母の騎士社、文庫判、417頁、800円)
故・堀田雄康神父(フランシスコ会士)による新約聖書の聖句解説。月刊「聖母の騎士」誌に1986年1月号から1988年9月号に連載されたもの。連載が中止となったのは、同師の逝去のため。堀田神父はフランシスコ会訳や新共同訳などの聖書翻訳に大きな貢献をしたことで知られます。
内容は、「なぜ二つの“受胎告知”記事が?」「なぜ“心の貧しい人々は幸いか?”」「なぜ“わたしの母とはだれか”と問われたのか?」「なぜ“不正の富”を利用して…?」など25編を収録。これらの玉稿の中に信仰と学問とが融合した成果を見ることができます。
高柳俊一『聖書という本−聖書を理解するために−』(あかし書房、B6判、230頁、1200円)
雑誌『世紀』(廃刊)に連載された記事を改訂して一冊にまとめたもの。聖書の解説書を読んでいると、自分が信じているキリスト教信仰との違和感を感じることがあるかもしれません。聖書学の知識を前提とした記述に対して、「いったいどういうことを意味しているのだろう」「信仰上、この説を受け入れることが出来るのだろうか」と立ち止まってしまうこともあるかと思います。本書はそういった経験を持つ読者にはもってこいの一冊です。聖書学の知識と信仰理解とをつなぐための具体的なイメージを提供してくれる珍しい本。「学問的成果をどう処理したらいいのかという問題を解決しながら、聖書を読む」(あとがき)ことができるように助けてくれます。1977年に出版されたので、その後の聖書学の事情と合うのかどうかは読者の課題となるのかもしれませんが、とりあえず一定の聖書理解をもつことができると思います。カトリック系の書店では見かけますが、品切れになっているかは不明です。
高柳俊一、加山久夫、加藤常昭、石川康輔『新約聖書のこころ』(キリスト新聞社、A5判、434頁、3900円)
1980年代後半に筑摩書房から刊行された「聖書を読む」シリーズの中から福音書を扱った部分を合本したもの。実際に福音書の記事を引用しながら、初心者にも理解しやすいように読みどころを紹介してくれます。各福音書の特徴を簡潔に解説しつつ、イエスの生涯をダイナミックに描き出しています。聖書を読むための基礎的な知識を満載しつつも、同時に、あまり必要のない学説の紹介を極力排除し、読者をイエスへと導いてくれる好著。執筆者もプロテスタントの加山、加藤両先生と、カトリックの高柳、石川両神父であり、エキュメニカルな著作となっています。
E・シャルパンティエ『新約聖書の世界への旅』(サンパウロ、B5変形、191頁、2300円)
新約聖書を学ぶためのガイドブック。現代の聖書学の成果を生かしながら、わかりやすく新約全体を解説します。理解を助けるための図表や年表も多く、初心者にも大変使いやすい本でお薦めです。
福音書の成立過程を解説した後、簡単に新約時代史を扱い、次に「復活」を扱います。新約聖書各書の解説の前にキリストの復活を取り上げるのは、効果的な説明方法だと言えると思います。各書の説明では、学びどころをおさえて、その特徴を浮き彫りにしてくれるので具体的なイメージがつかみやすくなっています。
フランスではベストセラーとなったそうです。訳者は信徒の聖書研究家・井上弘子氏。ていねいな訳注をつけてくれています。監修者は、パウロ会の鈴木信一神父。独習に最適です。
E・シャルパンティエ『旧約聖書の世界への旅』(サンパウロ、B5変形、153頁、2060円)
雨宮慧『旧約聖書のこころ』(女子パウロ会、B6判、238頁、1200円)
著者は、上智大学神学部教授、東京教区司祭。「カトリック生活」に連載されていたエッセイをまとめたもの。普段私たちが何気なく読んでいる聖書の箇所に、雨宮神父が光をあてます。そこで読者は、自分では決して汲み取ることのできない旧約聖書の魅力に引き込まれてしまいます。旧約聖書の基礎的学びのためにも、み言葉の黙想のためにも有益な一冊。稀に見る名著といえるでしょう。
雨宮慧『続・旧約聖書のこころ』(女子パウロ会、B6判、286頁、1500円)
『旧約聖書のこころ』の続編。第二弾だからといって前編に劣ることは決してありません。旧約聖書の神学がどれほど豊かなものかが伝わってきます。
「旧約聖書を新約聖書の準備と考え、低く評価する人もいるかもしれないが、もしそのように考えるなら、旧約聖書に含まれた宝をみすみす見逃していることになる」(あとがき)と著者は書いていますが、その「宝」の輝きに読者は驚くに違いありません。
雨宮慧『主日の福音』〈A年〉〈B年〉〈C年〉(オリエンス宗教研究所、B6判、322−343頁、各1800円)
雑誌「福音宣教」に連載された主日の福音の解説。A年、B年、C年(三年周期で読む福音書が代わるのでこう表現する)各年の主日のミサで朗読される福音を扱う。主観的な読みではなく、言葉の原意、文章の構造に注意を払いながら、朗読される箇所が持つ、神の言葉としての意味を明らかにします。
雨宮神父の聖書解説は、「いつのまにか本人がみ言葉の後ろに隠れてしまい、メッセージだけが浮き上がってくる」と評判ですが、この解説書にもその特徴が現れています。ミサをより豊かなものにするためにも、もっとこの本が用いられれば、と思います。
浅見定雄『旧約聖書に強くなる本』(日本基督教団出版局、A5判、200頁、1500円)
一時期カルト問題のコメンテーターとしてテレビにもよく登場していた浅見定雄先生の手による旧約聖書の入門書。日本基督教団出版局発行の『教師の友』という月刊誌に連載した記事が単行本に。多くの図や表(大変わかりやすい)を用いて、各書の全体像が把握できるように工夫されていて、旧約聖書にかなり慣れてきたなと思うようになってからも、まだまだお世話になれる本です。こんな便利な本が1500円とは安いと思います(2001年時点)。この本を読むと、どうして他の入門書はこういう風に工夫を凝らしてしてくれないんだろうと思ってしまいます。
イスラエルの王を覚えるための語呂合わせも紹介されていますが、「口語訳聖書」を使って書かれたので、せっかくの暗記用の文句も新共同訳愛好者には使えないのが残念。