| 『キリストを生きる―ニューマンの神学と霊性』 立ち読み |
翻訳にあたって
ジョン.H.ニューマン(1801−1890)の卓越した存在は日本においても早くから知られ、逝去にあたっては、真理追究の高貴な人柄を惜しむ声が報道された(明治23年)。以後彼の美しい香気溢れる文体が愛され、英文学者たちを中心に現在でも読書会などが続けられている。
彼は人生の只中で(45歳)その頃まだ英国王にたいする反逆の宗教とされていたローマ・カトリック教へと改宗することによって、オクスフォード大学の教職を退きすべての名誉と地位を放棄しなければならなかった。しかし当時のカトリック教会の中ではまだ、あまりにも時代に先んじた彼の霊性はなかなか理解を得られなかったが、高潔剛毅な彼は教会内外のキリストの敵と生涯通して闘いぬき、現代の教会へと先鞭をつけたのである。
今第二バチカン公会議の成果を見ると、百年以上前にそれを予測した彼はまさに「公会議の祖」と言われるにふさわしい人だったのである。彼は1879年には枢機卿にあげられ、疑念の「雲は永久に晴れ」、正真正銘のカトリックであることが立証され、現在では教会から「尊者」の称号が与えられている。
しかし今、当時の英国教会の特殊な事情を踏まえた難解な著作をあえて翻訳したのは、偉大であった彼の過去の功績を称えるためだけではない。彼が現在の日本の信徒にも意味をもつことを示したかったのである。神学の世界では、すでに彼に影響された聖霊の神学、良心の倫理、信徒の神学、エキュメニカルな他宗教への開かれた態度が確実な足跡となっている。このほかに体系化された形で神学の枠組みに入っていないが、重要だと思われる諸点を下記にあげて、彼の神学が現在の日本の信徒に参考になることを願うものである。
(1)彼はカトリック教会の中心であるローマから離れた英国にいて、いわゆる地方教会の歴史と独自性のなかに生きた。そのために当時のローマ教会の位階制とスコラ神学に影響されることなく、また逆に彼らの無理解に苦しみながらも、自国の精神風土を活かして、全生涯をかけてローマの普遍教会に辿りついた人であった。現在でもその霊性の高さのために、カトリック教会内でも読まれ引用されている彼の著作の殆どは英国教会時代のものであり、彼も英国教会を否定してカトリック教会に転会移ったわけではなかった。しかし何故自分がローマ・カトリック教会を選択したかを明確に意識し、その信仰告白に責任を感じて生きぬいた人であった。
(2)彼は早くからもっとも確実な存在として“神と私”を意識していたので、超越の光に貫かれた人間理解が彼の神学の中心にあり、生涯一貫して聖性を求めた姿勢が彼の神学の特徴である。これが初代東方教会の影響を受けたことによって彼に復活の深い秘義理解をもたらし、また逆に英国の思想的伝統によって身体性を包含した人間理解がイエス・キリストの受肉と受難の秘義の経験的・心理的な理解をもたらすことになる。また祈りが身体的に刷り込まれた習性となることの意味を強調するのもそのためである。
(3)彼は若いときから説教で聖霊内在論を説いていたが、晩年の大学論でも共同体の重要性を主張している。これが彼の枢機卿の紋章“心は心に語る”になり、現在もっとも必要な対話の神学を生むことになる。
(4)このような人間は複雑な生きた存在で、知性だけでは把握しきれない。つねに感性・情感をともなった全体的な人間理解が必要である。宗教的信念・信仰も、人々の日常生活全体に根ざした倫理的認識の蓋然性の累積によるものであり、推断的直感によって決断し確信をえるのである。この著作でも信仰の行為そのものについて先ず詳述しているのは、このような彼の神学の現代的な前提の理解が必要だからである。
(5)したがって彼の歴史理解も弾力的であり、たえず変化し、完全になるためには度々変化しなければならないと言う。完全への道という救済史的歴史観には、啓示にもとづいた終末論的理解が必要である。終末へと向かう歴史は、現世における死別と永遠への憧憬のうちに展開していく。過ぎゆく現世のなかで、人類共同体が聖性の完成へと祈りのうちに生きることが必要である。しかし、そこには創造主の下にあるすべての人類の、したがって他宗教に生きる異教徒の価値と意味も含まれる。
(6)彼の神学を特徴づける全体性は、随所に見られるように、つねにバランスを保つ努力によって保たれている。それは神学の領域にとどまらず、この著作には含まれていないが、環境の劣悪な工業都市バーミンガムにオラトリオ会の拠点を置いての奉仕活動、信徒グループの養成、貧しいアイルランドの人々のための教育活動、宣教のための医師養成、などすべての分野において明確に意識化されていた。
(7)31巻におよぶ膨大な手紙と日記が証明するように、彼は男性にも女性にも友情に厚い人であった。度々論争に巻き込まれながらも、透徹した眼で神と人の深いかかわりを生涯探究した高貴な心の人であったと思う。神学的なこの著作から、さらに広く彼を知る機会になれば幸いである。
あとがき
本書の翻訳は1,2,3,5章を川中が担当、4,6,7,8章を橋本が担当した。術語については統一をはかったが、他の表現は訳者の自由に委ね、あえて厳密な統一をこころみなかった。これまでニューマンの著作の翻訳が殆ど無いため、術語でさえまだ日本語で定着したものはきわめて少ないのである。
著者はニューマンの原書に精通しているので、些細な用語にも多数の引用符をつけているが、日本文にする際の困難さから、引用文に直接かかわる場合以外は引用符をはずした。また註番号の付いていない引用部分もあるが、これはニューマンの著作からの引用である。原文でも出典箇所が明示されていなかったため、本書でもそれに従った。
この原本の出版後直ちに翻訳の許可を受けながら長い年月がたった。翻訳者が実際に手がけてからも、個人的な事情などから何年もの年月が経っている。他にも翻訳の困難さがあったことは否定できない。ニューマン、著者カー師が共にカトリック教会以前に、英国国教会、福音教会という英国独特の宗教的土壌に育まれてきた著者なので、それらの事情に馴染みの少ない訳者には理解が難しかったからである。にもかかわらずこの著作に取り組んだのは、ニューマンの真の宗教にたいする熱い想いに打たれたからである。もちろん彼は容赦なく批判もしたが、寛容な精神は他宗教への(ルター派と義認に関する共通理解を生むような)理解を示し、結果的には100年前のカトリック教会では考えられないほどの自由な精神でカトリック教会自身の精神を豊かにしたからである。真理は霊を自由に解放するのである。彼はそのために双方の教会で闘ったのである。
またこの著作を世に問うものとして今出すもう一つの理由は、危機的状況にある人間理解にたいして、宗教におけるニューマンの総合的な人間理解を示したいと願ったからである。彼が問題として論じた神学的諸点は殆ど第二バチカン公会議後、理解・承認されているが(たとえば創造論、聖霊内在論、教会論、信徒の位置づけなど)、それらの神学を生んだのは、いずれにも偏らない秀れた知性と豊かな感性であり、また身体的とさえいえる総合的人間理解からである。驚くほど人間的でありながら、たとえば受肉が最高の神秘であると主張するニユーマンは人間性に射し込む神秘の偉大さを、秘跡とキリスト者の日常生活の秘蹟性に見出し、若いときから熱心に聖性を追い求め、祈ることを勧め、説くのである。古くて新しいこのような神学と実践の宗教的な著作が現在の日本の人々にいくらかでも益するところがあれば幸いであり、そのために稚拙な翻訳をお許し頂きたいと願うものである。
訳者 川中なほ子 橋本美智子